自嘲。
八月八日。
いかにも笑い声を上げたくなりそうな日ですが、今の自分からは自嘲の笑いしか出てきません。
私はそもそも生まれながらにして貧乏くじを引かされており、これまでの人生の中でもごく限られた一時期を除き、楽しい思い出というものが皆無でした。
自分は善人ですので、他者を嘲笑することはないのですが、自嘲の笑いを浮かべることはしょっちゅうあります。心から楽しいと思って笑ったことなど、半世紀ほど生きてきた中でも数えるほどしかなかったかと思います。
それだけに、他人が笑い声を上げているのを見ると、自分の背負っている不幸の十分の一でいいからなすりつけてやりたいと思います。それだけなすりつければ、常人であれば卒倒するのではないでしょうか?
本当に、他者を踏み台にしてのうのうと暮らしている輩どもを見ると、私の不幸をなすりつけてやり、分をわきまえさせてやりたくなります。
私は、青春時代、どうしようもないど田舎で暗く過ごしました。周囲が今で言うところのネトウヨ(ネット右翼)と極左ばかりで中道やリベラルがすっぽり欠落していたところでしたので、不幸な私は友人や恋人の作り方もろくに知らないまま身体だけ大人になってしまいました。そして、常人であれば考えられないくらいに人脈と無縁の人生を歩んでおります。敵は放っておいても勝手に増えてゆくのに。
私も、たまには心の底から楽しいと思いたいですよ。しかし、今の自分からは自嘲の薄ら笑いしか出てきません。何をやっても、どう転んでも、怒りや悲しみといった負の感情に苛まれるか、それらすら浮かばない虚無感に襲われるかですからね…。
私には、人並みの幸せをつかみ、心の底から笑うことすら許されないのでしょうか? それならば、こんな腐った世界と決別し、新世界の神になりたいです。
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