そういえば今年はファミコン40周年か。(その3)

今年は任天堂が家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」を発売してから40周年なのですが、私は先日まで完全にそれを失念しておりました。

 とはいえ、ファミリーコンピュータは私のゲーム好きを決定づけたものであり、良くも悪くもこれなしに今の自分の人生はありませんでした。

 先日から数回にわたり、これまでの私のゲームの思い出でも書こうかと思っております。

 以前書いたものはこちら。

 今回は「その3」ということで、ファミコンからは逸脱してしまいますが、スーパーファミコン・ゲームボーイ後期から初代プレイステーションあたりまでの思い出話でもしようと思います。また、ついに自分が手にすることのなかったPCエンジンあたりの話も少し。


SFC・GB後期のあたり、自分は学生だった。

 とは言ってもゲームの勉強をしていたというわけではありません。たまたま自分が大学生だった頃、スーパーファミコンやゲームボーイの後期あたりで、個人的に日本のゲーム業界が最も面白かった時期だと思っています。ちょうどこのあたりは、ソニーがゲームハードに参入して初代プレイステーションを発売した頃とも被りますし。

 なにぶん学生時代で時間だけはあったので、少なくともパソコンを入手するまでは暇さえあればゲームしていたように記憶しています。とはいえ、具体的にどのゲームで遊んでいたのかについては、実はあんまり覚えていません。

 一つはっきり言えることは、「RPGツクール2」でゲーム制作をしていたと言うことですが、これがまさか20年後にPC向けゲームの制作という形で結実するとは、当時想像していませんでした。

 当時任天堂が展開した衛星放送を用いたゲームコンテンツ配信システムでも、プレイに「RPGツクール2」が必須のものがありましたので、その点でもお得だったように記憶しています。

 あとは、「ウィザードリィⅥ」「ウィザードリィ・外伝Ⅳ」あたりで遊んでいた記憶はあります。

 しかし、「ウィザードリィ・外伝Ⅳ」には実はあまりいい印象がありません。前作の外伝Ⅲはゲームボーイで発売されていたのですが、これは作り手がやりたかったことを詰め込んだという印象があり、最初から最後まで(多少無理ゲーのところもあったとは言え)楽しめました。しかし、外伝Ⅳは、序盤こそ面白かったのですが中盤後半〜終盤に掛けてはとってつけた感がしてどうも今ひとつでした。エキストラダンジョンも高難度と言うより無理ゲーでしたし。

 スーパーファミコン版「ウィザードリィⅥ」はかなりやりこみ、全キャラの全ステータスをマックスまで持っていった覚えがあります。しかし、結局スーパーファミコン、というより任天堂のハードでは続編が登場せず、最強の冒険者たちを新たな冒険の舞台に引き連れることは出来ませんでしたが。

SUPER FAMICOM Nintendo Switch Online

すべてのゲームは、ここに集まる。クソゲーも集まる…。

 1994年はゲーム業界を根本から変える革命的な出来事がありました。

 そう。ソニーの初代プレイステーションの発売です。

 もちろんかなり長期間入手困難な状況が続いていましたが、自分も何とか入手してからは、猿のごとくプレイしていました。

 なお、自分が最初に購入したソフトは「リッジレーサー」と「極上パロディウスだ!」だったと記憶しています。

 学生時代、自分は寮生活をしていましたので、同じ寮に住む人たちと「リッジレーサー」をやりこんだ記憶があります。

 なお、先述の「ウィザードリィⅥ」「ウィザードリィ・外伝Ⅳ」「RPGツクール2」の続編は、いずれもプレイステーションで発売されました。

 ただし「ウィザードリィⅦ」はそもそも発売元からして異なっており、スーパーファミコン版「ウィザードリィⅥ」のキャラクターを転送させることは出来ませんでした。ローディングが頻繁にあってしかも長いので、ストレスだけがたまり、途中で放り投げてしまいました。

 「ウィザードリィ・外伝Ⅳ」の続編は「外伝Ⅴ」ではなく、「ディンギル」という名前だったと思いますが、自分はこちらについては完全に未プレイです。なお、「ディンギル」はアスキーから発売された最後の和製ウィザードリィでした。

 「RPGツクール」シリーズはプレイステーションでもいくつかリリースされましたが、自分が手にしたのは「3」だけでした。「3」は「2」より高機能になっているものの、フィールドマップがない(ロマンシング・サガみたいに地図から行き先を選択するシステム)など、結構細かな違いがありました。一応私は「3」でもゲーム制作に挑戦してはいたのですが、結局そちらは未完に終わってしまいました。

 プレイステーションの何がすごかったのかというと、ソニーの新規参入でありながら、「事実上のスーパーファミコン後継機」として君臨してしまったということでしょう。本体カラーもコントローラーの形状も明らかにスーパーファミコンを意識していましたしね。

 日本ではニンテンドー64は不人気で、自分も完全にスルーしていたのですが、プレイステーションはソフトも豊富な上にCD-ROMで供給され、さらに流通の変革もあってソフトが安価で提供されていましたので、いくら高性能でも高額なROMカートリッジ方式から脱することが出来なかったニンテンドー64が見向きもされなかったのもうなずけます。

 同時期にセガからもサターンが発売されたのですが、実は私はこちらもスルーしていました。自分がプレイしたいソフトはだいたいプレイステーションで出ていましたし、サターン専用ソフトにあまり興味を持てなかったというのもあります。

 とはいえ、プレイステーションでももちろんいわゆるクソゲーも多かったです。自分は元々お金がなかったので限られたゲームにしか手を出しませんでしたけど、なまじお金があってゲームソフトを当時の倍のペースで買っていようものなら、クソゲーをつかむこともあったのではと思います。

CD-ROMといえばPCエンジン

 時代は遡り、1988年にPCエンジンのCD-ROMシステムが登場します。これはゲームハードに世界で初めてCD-ROMを採用したものでした。

 しかし、当時私のうちは貧しく、PCエンジンのCD-ROMシステムどころかPCエンジン本体すら所持しておらず、さらに言うならば音楽CDプレイヤーすらうちになかったため、周囲からは散々貧乏人と小馬鹿にされる始末でした。これだから田舎は嫌いなんだよ。

 閑話休題。自分がPCエンジンCD-ROMシステムの現物を見たのは、何とスーパーファミコンの入手よりもあとです。たまたま弟が弟の友人から借りてきて「イースⅠ・Ⅱ」などをプレイしていたのですが、こりゃ確かに高額なだけあるわと思いました。ゲームにお金を掛けることが出来るブルジョア層のための高品質なシステムという印象を受けましたね。まさにイースがそうでしたが、大容量の媒体により作り手がやりたいことを存分に発揮できたという点でも、容量の限られるROMカートリッジとの差別化が図られていました。

 それにしても、当時、PCエンジン本体だけでも24,800円、さらにCD-ROMユニットで5万円以上していたように記憶しています。もうこの時点で、単純な数字だけでも今のPlayStation 5よりも高額です。さらに現在と当時の物価の違いを考慮すると、PCエンジンのCD-ROMシステムはまさにブルジョアのためのマシンだったわけです。低所得層のうちが逆立ちしたって買えなかったわけです。

 もちろん、CD-ROMの性能を活かすならばテレビ側でもAV入力に対応している必要がありますので、テレビ側にも高いスペックが要求されました。

 自分が高校生の頃、クラスメイトのひとりが散々「スーパーダライアス」をドルビーサラウンド環境でプレイしているのを自慢してきていましたが、サラウンドシステムまで揃えるといくらカネが掛かるのかわかったものではありません。

 それを考えると、今のPlayStation 5が良心的にすら思えてきます(もちろん本体だけ考えればソニーは出血大サービスをしているわけだが)。

自分はPS後期でいったんゲームから完全に離れることに。

 プレイステーション発売当初は、自分は学生だったこともあり、猿のごとくゲームにいそしんでいましたが、当然ながら学業はおろそかになりました(苦笑)。

 しかしそんな私も、1990年代後半に一度ゲームから離れることになります。

 当時、ふとしたきっかけでソニーに対して悪印象を抱くようになりました。ちょうどその頃PlayStation 2も発売されましたが、私はそちらには手を出しませんでした。

 また、当時は自分が生まれて初めてパソコンを所有しはじめた頃とも被ります。ただしそのあとも「RPGツクール2」等で遊んでいたため、パソコン所有は自分のゲーム離れの直接の原因ではありません。

 ソニーに対する悪印象の他、特定メーカーに対する特別扱いなどに対しても悪印象を抱くようになりました。

 なお、そのときはソニーがダメだからセガや任天堂のハードに手を出すなどという発想は、自分にはありませんでした。ゲーム業界そのものが嫌いになってしまったからです。

 90年代後半以降、しばらく自分はゲームから離れ、再びゲームをし出すのは2003年になります。阪神タイガースが18年ぶりにリーグ優勝を果たしたのですが、そのときに反新カラーの限定版のニンテンドーゲームキューブが発売されたので、衝動買いに近い形で買ってしまったのです。ゲームキューブにはゲームボーイプレイヤーも付いてきていましたので、ゲームボーイやゲームボーイアドバンスのソフトで遊ぶ機会も増えました。

 そのあと、自分はDSや3DS、PS3などを入手し、現在PS5とNintendo Switchを所有するに至っています。XBOXについては入手していませんが、プレイしたいゲームが皆無だからというただそれだけの理由です。そういえばPS5も、PS5専用ソフトについては1本しか入手しておらず、しかもそれはマルチプラットフォーム展開されているもののため、PS5ならではという遊びをいまだに私は出来ていないのですよね…。

 今の自分は、ゲーム以外にもやりたいことはたくさんあるものの、時間が全く足りないので年単位で後回しにしています。ゲームでも、Steamで発売されている「Wizardry外伝 五つの試練」に全く手を付けられていませんし。こりゃ、死ぬときに「我が生涯悔いだらけ!」とか叫ぶことになるんだろうな…。

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