いじめ、不登校過去最多。打つ手はあるのか?

3日前の記事ですが、非常にショッキングなニュースがありました。

 タイトルだけ見てもショッキングなのですが、自分が10代の頃と比べても明らかにこどもの数が減っているにもかかわらずの過去最多件数ということが、事態の深刻さをより浮き彫りにしています。

 有料記事のため私は途中までしか読めませんが、そこで読み取れる範囲からも、とてもではありませんが実態の抜本的な改善を期待出来そうにありません。

 別の記事では、少子化が進んでいることが信じられないほど、年々いじめや不登校の件数が増加していることをより具体的に知ることが出来ます。

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いじめはかっこ悪いのではない。悪だ。

 私はこどもの頃からいじめられっ子で、生まれつき目が悪く遠くのものを見えないということがそれに拍車を掛けていました。中学時代には登校拒否の寸前まで追い詰められ、自殺すら考えましたが死ぬ勇気も無く、生き恥をさらすこととなりました。

 人格形成の一番大事な時期にこのようなひどい仕打ちを受けてきたため、私はアラフィフになった今になっても、まともな人脈の作り方を知りません。視界に入る人間の大半が自分に悪意を持っているようにしか見えないのです。仕事関係の人間とも、仕事以外では関わらないようにしています。

 そのような事情がありますので、私は今の日本の教育制度、とりわけ義務教育に対しては全くと言っていいほど信用しておりません。あいにく自分にはこどもはいませんが、いたとしても少なくとも公立学校には通わせなかったと思います。だって普通に教育を受けていたら全体主義に組み込まれてしまうわけですから。

 私は現在、リベラル(自由主義者)を自称しており、同じ志を持つ方向けのMastodonコミュニティすら運営しておりますが、元々リベラルだったと言うよりも、周囲が全体主義に毒された反面教師(今で言うところのネット右翼)だらけで地域に居場所がなかったため、必然的にリベラルにならざるを得なかったのです。

いじめ加害者には大人同様の厳罰を科すべき。

 先述の2つの記事のうちのNHKの記事では、いじめ問題が起きている海外では厳罰化の動きがあるという話があります。

 しかし、そのような記事の書き方がされているということは、裏を返せば日本ではその程度の対策もおこなわれていないということです。

 最低でも加害者の強制転校ぐらいは当たり前のこととしておこなわれるべきで、被害者が自殺に至った場合は加害者に対しては死刑や無期懲役をも含む重罰を科すべきなのです。そうでもしないといじめなどなくなりません。あ、それやると学級崩壊するところが出てくるからやりたくないのか?

 そもそも、

このうち今回の調査では、最も重い「出席停止」の対応が取られたのは中学校での1件にとどまりました。

などと書かれてしまっている時点で、日本が本気でいじめ対策をする気が無いことがうかがえます。そもそも「出席停止」が最も重い時点でお話になりませんし(先述の通り強制転校を標準措置にしないとダメ)、しかもそんな軽い処罰ですら1件だけというのは、教育現場もかなりいじめの重大さを軽く見すぎていると言わざるを得ません。

大抵のいじめられっ子には居場所など与えられていない。

 しかし、同じNHKの記事で、「居場所はある」などと書かれている部分がありますが、これについては全く賛同出来ません。

 家と学校以外にいじめ被害者の居場所のない地域なんていくらでもあります。私が中学生の頃に住んでいた地域もそうでした。自分の記憶が確かならば当時はまだ近所に図書館のような施設はなく(電車で1駅移動が必要だった)、そこに引きこもって悪人どもから隔離された快適な環境で勉強するというような選択肢は、当時の私にはありませんでした。

 それとも、社会問題にもなっている「トー横」のようなところなどを含めて居場所とか言っているのでしょうかね? まさかね?

 とはいえ、今から全国津々浦々に居場所を作りましょうと言っても無理な話です。それよりも教員の待遇改善のほうがよっぽど効果的だと思います。こどもたちの命を預かるのに相応しい待遇をした上で(給与面もそうだし、学校教育に直接関係の無い雑務-例えば部活動-からは出来るだけ解放すべき)、人そのものも増やすべき。まず、問題発生時に適切に対処出来る人間の数を増やさないことには、お話になりません。

 あるいは、市役所や図書館等の公共施設の一区画や、場合によっては大型小売店(スーパー等)の一区画を、不登校児童が避難して、場合によっては勉学に励めるように解放すべきだと思います。NHKの記事でも、「学校の中だけでは解決しない」ときっぱり言われていますし。

というより、義務教育=学校という構図そのものを崩す必要がある。

 自分がSNSなどで学校のいじめ問題について言及するときに、アニメ「ドラゴンボール」の登場人物である孫悟飯を引き合いに出すことがあります。

 住んでいるところが街中から遠く離れているという事情もあるとはいえ、孫悟飯は幼少の頃は学校には通わずに家庭学習中心の教育を受けていて、学校というものに通い出したのはハイスクールが最初でした。とはいえ、成績優秀で、美しい上に裕福なパートナーであるビーデルと結ばれて、学者の夢もつかみました。

 まあこれはアニメの話なのでところどころ現実離れしていますが、ここで自分が言いたいのは、本当にすべてのこどもを学校に通わせるのが正しいのかということです。

 私の話に戻りますと、私は小中学校時代の学業の成績はそれなりでしたが、体育と技術/家庭科、美術についてはからっきしダメで、特に体育については生まれついての目の悪さと体の弱さが祟り、出席点ぐらいしかもらえませんでした。

 しかし、少なくとも自分がいたところでは、特に男子は、この体育の成績で校内カーストが概ね決まってしまいます。どんなに勉強が出来ても腕力で勝てないとカースト下位に追いやられ、いじめの対象になります。

 なので、時々冗談交じりに「俺にとって体育の授業は女子のブルマー姿を拝めることが唯一の存在意義だった」と言うことがありますが、これ、大真面目にちっとも冗談ではありませんでした。本当に体育は自分にとって苦痛以外の何物でもありませんでした。

 まず、本当にいじめを根絶する気があるのであれば、義務教育に「学校」以外の選択肢を設けるべきなのです。少なくとも、体育の授業や部活動を核とした校内カーストを根絶させるべきで、そのためには、孫悟飯のような家庭学習中心の勉強スタイルを義務教育の選択肢として認めるべきなのです。

 もし私が小中学生の頃に孫悟飯のような勉強の形態を認められていたのであれば、友人は出来なかったかも知れませんが(それは現状でも変わらないので実質的にノーダメージ)、少なくともいじめやそれによる登校拒否未遂といった精神的にも肉体的にも大きな被害を避けることは出来、また、私が住んでいた地域に対する悪印象も少なくとも現状ほどにはなかったはずです。

 本当にこどものことや、日本における少子化問題を論ずる気があるのであれば、まず「義務教育=学校」という構図を崩すところをスタートラインにしなければなりません。さもなくばほかのどのような対策を打とうとも焼け石に水です。

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